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2010/07/23

菅首相夫人が著書で弁理士菅直人誕生の経緯を語る

 菅直人首相夫人の菅伸子氏が著書「あなたが総理になって、いったい日本の何が変わるの」(幻冬舎新書、2010年7月20日発行)にて、弁理士菅直人誕生の経緯などについて触れている(85頁~88頁「職業は弁理士だった」等)。以下、時系列で主な記述を紹介する。
 なお、同書は、夫・菅直人を叱咤し続ける伸子夫人の目から、菅直人氏の日頃や考え方を紹介しており、読み物としても大変楽しめる内容となっている。


●弁理士を目指した動機は
 伸子夫人は、菅直人氏が弁理士を目指した理由は、企業勤めはつまらない、市民運動を続けるためには資格があった方がと考えたとしている。
 弁護士出身の政治家の多くは、弁護士活動を通じて政治との接点を持つようになり転身したであろうことを考えると、菅直人氏のように(当時は自身が政治家になると考えていなかったとはいえ)、市民運動を続けたいが理由にくることは珍しいかもしれない。なお、弁理士としての活動等を通じて市長になった例はある。(→記事:7月1日「弁理士の日」記念:弁理士小ネタ話4本参照)

☆86頁より引用
 でも、「(サラリーマンという)親父と同じ道もつまらないな」と思ったらしい。卒業してからもいろいろな運動を続けたいとも思っていたらしく、好きなことをするには、生活を安定させるために、何か資格があった方がいいと考えたわけです。
 そこで理科系の資格に何があるかと調べたら、特許の申請を扱う弁理士があると分かって、目指すことにしたのです。

●特許事務所に就職内定したが
 伸子夫人は、菅直人氏が特許事務所への就職を決めた後に、学生運動のあおりで留年したが、事務所側が一年待ってくれたというエピソードを紹介している。
 これが、一般企業だったらどうだろうか、また、特許事務所でもまだ弁理士試験には合格していない留年学生を一年待ってくれたとは限らない。もし、ここで事務所側が待ってくれなかったら、菅直人氏は弁理士試験をあきらめ留年後には一般企業に就職していたかもしれない。そして、弁理士菅直人も、政治家菅直人も誕生しなかったかもしれない。

☆86頁~87頁より引用
 私との結婚も決まっていたので、資格が取れるまでは大きな特許事務所に就職することにしました。(中略)
 こうして就職も決まったのですが、菅が大学四年の年に、東工大では、東大よりも一年遅れて学生運動が激しくなってきていました。東大の学生運動は安田講堂事件が一九六九年の一月で、それで終息するわけですが、東工大ではまだやっていて、六九年三月に卒業する予定だったのが、一年留年することに。
 特許事務所に就職が決まっていたのに、卒業できなくなってしまったわけです。相談したら入社は一年待ってくれるということになりました。いい事務所でした。

●弁理士夫人としての生活を思い描いていた
 伸子夫人は、結婚した頃は、菅直人氏自身が政治家になる、選挙に出るとは思っていなかったとのことで、弁理士の夫人としての生活を思い描いていたと回想している。現在の経済状況、弁理士資格を巡る状況を考えると隔世の感があるが、菅直人氏が弁理士登録した当時(1972年)の状況からは、伸子夫人の期待もうなずける。

☆57頁~58頁から引用
 私としては近い将来、菅は弁理士となり、やがて独立して自分の事務所を開くのだろうと思っていました。弁理士は、まじめにやれば、わりと報酬がよい仕事なのです。知り合いの弁理士の先生方は、立派な家に住んでいらっしゃいます。
 ですから、将来は、弁理士の奥さんとして、悠々自適に暮らせるだろうと思っていたわけですが、みなさんご存じの通り、そうはいきませんでした。

●最近の弁理士としての活動
 菅直人氏は、現在も「弁理士」登録を維持している(日本弁理士会提供の弁理士検索システム「弁理士ナビ」にて確認。弁理士登録番号07558 )。首相就任時の所信表明演説や、国会での発言等でも、自身の弁理士としての活動に基づいた発言がある。
 しかし、当然、今は首相、政治家としての活動がメインであり、伸子夫人は「いまは、さすがにごく細々としか」と説明している。
 伸子夫人の言葉通り、平成22年6月30日に公表された国会議員の所得報告によれば、平成21年の弁理士としての所得は、所属事務所の顧問料8ヶ月分として弁理士報酬136万円を受け取ったのみとのことである。
 8ヶ月分というのは「大臣規範」(平成13年閣議決定)との関係で、副総理に就任した9月以降は受け取らなかったものと推測できる。「大臣規範」では、閣僚らの在任期間中の「自由業」への従事を原則として禁止し、士業はこの「自由業」に該当し、やむを得ず従事する場合は首相の許可が必要とされている。ちなみに、弁護士でもある仙谷由人氏[官房長官等]は、当時の鳩山首相の許可を得て大臣就任後も弁護士報酬を受け取っていたとのことである。

☆85頁~86頁より引用
 菅のプロフィールには必ず、「弁理士」とあります。いまは、さすがにごく細々としか弁理士の仕事はしていませんが、議員になってからもかなりの間は、しっかりと二足のわらじを履いていました。


【関連記事】

◇弁理士出身菅直人首相の知的財産関係発言@国会[2010/06/04 15:46]
http://blog.hideharus.com/ip/2010/06/post-cede.html

◇菅直人首相の所信表明演説「特許事務所」「知的財産」の言葉が[2010/06/11 14:11]
http://blog.hideharus.com/ip/2010/06/post-bdf6.html

以 上

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