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2010/07/01

7月1日「弁理士の日」記念:弁理士小ネタ話4本

この記事は「弁理士と弁理士試験のブログ-弁理士試験の勉強法-」主宰者の弁理士@benrishikozaさんのツイッター上での呼びかけにより、7月1日「弁理士の日」記念記事として掲載するものである。
なお、賛同者の記事へのリンクが http://benrishikoza.blog24.fc2.com/blog-entry-1107.html にあるので、あわせて参照願いたい。

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■小ネタ話その1:弁理士は【辨】理士

 かつては、弁理士は 【辨】理士 と表記されていた。「辨理士」の【辨】には「わきまえ知る」という意味があり、「辨理士」は「筋道、物事の道理をわきまえ知る者」を表している。
 一方、弁護士は 【辯】護士 と表記されていた。「辯護士」の【辯】には「言い開く」という意味があり、「辯護士」は「他人のために言い開いてその人を護る者」を表している。
 ぞれぞれの表記は両者の職業特質をよく表したものといえるだろう。


■小ネタ話その2:昭和13年以前の弁理士の人数

 弁理士制度100周年記念誌によれば昭和13年を境に弁理士の数が極端に減っている。(→http://ipd.cocolog-nifty.com/tokidoki_chizai/2010/07/post-28e6.htmlを参照)
 これは、昭和13年以前の弁理士の試験制度、登録制度、弁理士会への加入制度に起因するものである。具体的には以下のような状況が当時の帝國議会において報告されている。

○弁理士の弁理士会への強制加入制度が実現したのは昭和13年。それ以前は、弁理士登録はしているが弁理士会には加入していない弁理士(弁護士含む)が半数以上いた(昭和13年1月28日帝國議会貴族院特許法中改正法律案特別委員会)
○昭和13年時点で弁理士4375名中、弁護士で弁理士を兼ねている者が1798名(昭和13年1月28日帝國議会貴族院特許法中改正法律案特別委員会)
○昭和11年の弁理士登録者327名中、「弁理士試験」合格者は15名に対し、比較的易しい「銓衡試験」合格が246名(昭和12年3月10日帝國議会貴族院辨理士法中改正法律案特別委)

 昭和13年の弁理士法改正により、弁理士はすべて弁理士会に強制加入することとなり、「弁理士登録はしているが弁理士会には加入していない弁理士」は法的に存在しないこととなり、それまでの「弁理士会に加入していない弁理士」は、昭和13年に弁理士ではなくなったのである。
 なお、昭和13年の弁理士法改正以降も、弁理士の登録事務は特許庁(特許局)で行われ、弁理士の登録事務が弁理士会に移管されるのはそれから20年以上経過した昭和35年のことであった。

 「銓衡試験」での合格者数、辯護士の辨理士登録、弁理士会への強制加入、等々の帝國議会での議論は、近年の国会、産構審、等での議論を思い起こす。


■小ネタ話その3:二・二六事件と弁理士

1936年(昭和11年)の二・二六事件。事件参加者として処刑された民間人に弁理士1名が含まれていた。彼は現在志士の一人として麻布の賢崇寺に眠っている。
[*参考:「高橋是清翁の胸像と揮毫 2.26事件と弁理士」(パテント1993年11月号、熊澤 繁)※WEB掲載なし]


■小ネタ話その4:弁理士首相よりも先にいた弁理士市長

 先に就任した菅直人首相は弁理士であるが(弁理士登録番号075580)、1996年には綿貫隆夫弁理士(弁理士登録番号07762)が長野県中野市長選挙で当選し弁理士市長が誕生している(1996年就任2期8年2004年退任)。
 綿貫氏は市長在任中は「たべごろ信州中野」という住民企画のイベントを始めたり、市の職員や市民相手に地域おこし、知財などをテーマに市長講座を行い意識改革に取り組んだ。また、市長は新聞に書かれることが多いが、常に「弁理士・中野市長」と書かれたのはうれしいことであったとしている。


【関連リンク】
◆「弁理士というネーミングの由来」(パテント2002年1月号、浅野 勝美)
http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200201/jpaapatent200201_074-075.pdf

◆長野県における知財への取り組み-地域産業と共に生きる弁理士人生-(パテント2006年11月号、綿貫 隆夫)
http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/200611/jpaapatent200611_019-023.pdf

◆日本弁理士会:弁理士の歴史
http://www.jpaa.or.jp/consultation/patent_agent/history.html

◆日本弁理士会:日本弁理士会の歴史
http://www.jpaa.or.jp/about_us/about/history.html

【関連記事】
◇弁理士出身菅直人首相の知的財産関係発言@国会
http://blog.hideharus.com/ip/2010/06/post-cede.html

◇菅直人首相の所信表明演説「特許事務所」「知的財産」の言葉が
http://blog.hideharus.com/ip/2010/06/post-bdf6.html

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コメント

これは間違いなく弁理士トリビアですね。
情報通・・・。

それにしても、弁理士市長のネタとか、凄いネタをお持ちなんですね。

投稿: ドクガク | 2010/07/02 01:02

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